千尋ちゃんは小学校5年生、とっても素直でおしゃべりも上手な女の子です。
いつも明るく、音楽が大好きな女の子です。

リズム感もよく、体の力をうまく抜くことが出来るので、弾けるようになったら音楽的で表現の大きい演奏をします。

弱点は譜読みが遅いことと、気持ちが長続きしないことです。

2月末の発表会が終わり、春になって新しい学年になって。
心機一転、コンクールに挑戦する気満々で選曲もしてくれて、初めてのレッスンでのこと。

千尋「まだ全然、楽譜を見てないんですけど・・・」

「あれ? そうなの? 全然やってないの?」

千尋「やろうと思ってたんですけど、ちらっと見たら、リズムもわからないし、音もなかなか読めない」
「そうなんだね。どこまでやってみたの?」

千尋「最初の数段、見てみました。でも難しかった。」

そして、指をさしてくれたのは最初の小節でした・・・・ 全く練習をせずにレッスンに来てしまった千尋ちゃん。

さて、今日は何をしようかな、と思いながら「今日は何が出来るようになりたい?」と質問してみました。

千尋「この曲が弾けるようになりたいです。」 思った通りの、めちゃめちゃざっくりとした返事が返ってきました。

(気を取り直して・・・)
「そうだね、30分だと全部は無理だから、どこにする?」

楽譜をざっと見て、簡単そうなところ、読めそうなところを探してもらいました。
千尋ちゃんが指さしたのは、真ん中の部分でした。 確かに同じことの繰り返しで、出来そうな感じです

「いい所見つけたね! やってみよう!」 30分間、4小節を練習して、次の4小節も音が少し違うだけで、同じリズムパターンなことを確認して、それを次週の宿題にしました。

「どう? これなら出来そうな気がしない?」
千尋「最初のところと比べたらここはやりやすかった。出来ると思う。」

「そうそう。出来るところから手をつけるって言うのもありだよね!」 と話して、少し私の話をしました。

私にも同じさぼり虫がいることをシェアしたのです。

私もね、セミナーとかレッスンとかで勉強したら、めちゃめちゃやる気になって「よ~~し、次こそは頑張ろう!」「この調子でやったら、すごく出来るようになるかも」・・・って思うんだけど、その気持ちがなかなか長続きしないんよ。

でね、気がついたらあっという間に次のレッスンの日になっていて・・・「あ~~~、あんなにやる気だったのに」「コツコツやっておけばよかった」って毎回めちゃめちゃ後悔するんだよね。

私にとって、このレッスンとか本番ってすごくストレスなんだけど、「これが無いと私は絶対にやらない」ってことも知ってるから、あえてアウトプットする機会を作ることって、私にとってはすごく大事なんよ。

んでこんな仕事引き受けたのかな・・・って思うこともあるけど、そうでもしないとやらないんだもん。

千尋ちゃんもそうじゃない?
私たち、やる気がないわけじゃないよね。

やる気はあるんだけど、その気持ちが長続きしなかったり、実行する意志が弱かったりするんだよね。
しかもギリギリ星人だし・・・。

私たちにはコンクールとか、課題提出期限とか、レッスンとか・・・そういうプレッシャーが必要なんだと思わない?
ギリギリでもなんとかやり切ったら「あ~~やって良かった」って思うもんね。

だから先生は千尋ちゃんの気持ち、すごくよくわかるんだよ。

千尋ちゃんは、目を丸くして私を見て「先生もそうなんですか?」と言いやる気がないわけじゃない、とか、ギリギリ星人という言葉に反応して笑っていました。

「今日から一週間、ちょっと私につきあってくれない? 毎晩、一日に練習した時間を正直に報告し合おうよ。」

千尋「やらない日があってもいいんですか?」

「私はそっちの方が多いと思う。」

千尋「わかりました。」

それから毎晩メールのやり取りをしました。

私「今日は忙しくて、全然ピアノが弾けなかったよ」
千尋「私は15分やりました」
私「えらいね~~~!明日はやるよ、私」

私「今日は30分やったよ」
千尋「私は60分やりました」
私「え~~?勝ったと思ったのに、千尋ちゃんすごすぎる」

千尋「今日は塾があったので、15分しか出来ませんでした」
私「塾もなかったのに0分だった・・・」

千尋「今日は20分やりました」
私「やった、勝った!私は30分!!」

そして一時間後に・・・

千尋「先生、あのあと20分追加でやったので、私の勝ちです」

そのメールにびっくりしながらも、千尋ちゃんがこんなに負けず嫌いだったなんてしらなかった

これは使える!と思いました。

そんなやり取りをした次のレッスンでのこと。

千尋「最初のところ、自分でやってみたんですけど、合ってますか?」

千尋ちゃんをぎゅ~~~っと抱きしめて、 「すごいじゃない! なんか千尋ちゃん、普通の人になってる」

と声をかけたら、「まださぼるし、ギリギリ星人ですって言う。

他の人が聞いたらすごくレベルの低い会話、レッスン内容なのですが、私には感動の千尋ちゃんの変化!
出来の悪い先生だからこそ、わかることもあるんだな・・・と思った出来事でした。

追記

このお話は数年前のできごと。 その後も「音符は早く読めるようになっても、譜読みが苦手」な生徒は多くいるので、今はそういう生徒たちのために、補習授業のようにzoomで一緒に練習しています。

譜読みが苦手な子の共通点は、いきなり最初の音符から読み始めること。

誰の曲か、何調で何分の何拍子か、どれくらいの速さの曲か、どんなタイトルがついているのか・・・。 楽譜から想像が出来ること、わかることを、音を出す前に20個も30個も見つけてから、譜読みを始める訓練をしています。

そして歌わない子が多いので、ミュートでどんな歌でもいいから、自由に歌ってもらっています。

その「下準備や段取りが出来ているだけで、全然、仕上がりが違うこと」を実感してもらうことが目的なので、みんなで一緒に楽譜を眺める時間をとり、そのあとで練習をします。

みんなで取り組むことで、「自分だけ」という劣等感が無くなるのも嬉しいですね。
ちなみに千尋ちゃんはいまだにこの譜読み強化のレギュラーメンバーです