康介君(小4)は、マイペースで省エネタイプの男の子。
いつも3割~4割の気合?で取り組んでいます。

とても熱心なお母さんとの温度差も激しく、毎日のように親子バトルが繰り広げられていて、お母さんも深く悩んでいます。

ピアノを指導する立場で二人の様子を見ていると、いろんな意見はあるのですが、基本はこ~くんの家で決まったこと。

こ~くんの家での考えに添ってレッスンの作戦を立てるのが私の役目です。

まずどうしたいか、どう考えているか本人とお母さんによくお聞きしてからレッスンの進め方を考えています。

こ~くんにやる気がないわけではありません。
出来ればコンクールで入賞して新聞にのりたい、という野望も抱いています。

でも練習は嫌い。

真剣に練習をしない自分が悪いとは思うけど、怒られながら練習するのは嫌だ、と言います。

お母さんもステージの上でこ~くんが輝く姿を見るのが好き、コンクールにも挑戦して入賞してほしい、と、野望はほぼ同じ。

そのためにはもっと集中して練習してほしいのに、だらだら逃げてばかりで全然やる気が感じられない、と不満があります。

私から見たこ~くんは、
一言でいえば「だだ漏れのこ~くん」であり、「へ理屈王子のこ~くん」「ぼやきのこ~くん」

でもここ数年レッスンの60分間、寝ることはなくなりました。

4年前はうとうとしながらレッスンを受けていましたから

ただ、寝てはいないものの集中もしていないわけで、
「今言ったよね!?もう忘れた!?」と言うような言葉が飛び交うレッスンです

「じゃぁここから右手だけ弾いてみてくれる?」
康介(小声で)ここからってどこから・・・?」

「聞こえなかった?2段目からね!」
康介(小声で)2段目ってどこだろう・・・・・(そして左手を出す)

「こ~くん、先生がお願いしたのは右手だよ」
康介(小声で)右手?あ・・・これは左か・・・」

「こ~くん、どこ見てるの? 2段目からだけど・・・」
康介(小声で)2段目って言われても・・・・ぶつぶつ

音を一つ出してもらうのに時間がかかります

試しに何も言わずに、ぶつぶつ言わせ放題でやらせてみると、
数分待った後に全然違う場所から弾き始めたり、場所はあっていても両手で弾いてみたり・・・・

ようやく弾き始めた時には、何のためにそこから弾かせようとしていたのか主旨がわからなくなるほど・・・。

そのこ~くんが、なんと、念願の入賞者コンサートに出ることになりました。
本人も出たい気持ちはあるものの、もれなくついてくる毎日の練習のことを考えて、返事を慎重にしていました。

お母さんは内心大喜びですが、やはり本人のやる気なしには出来ないことなので、色々説明してこ~くんが自分で決断できるように方向づけてくれて、ようやく頑張る決心をしました。

その後初めてのレッスンで、早速親子バトルが・・・・

康介母「先生、1つ出来たら、他のことを忘れ、それが出来たらまたさっきのを忘れ、っていう調子で全然前に進まないんです」

「そうかぁ。こ〜くん、いくつまでなら覚えられるかなぁ・・・。1つしか無理なの?」
康介(小声で)1つってわけじゃないけど・・・・でも・・・まぁ3つかな・・・」
「3つかぁ。3つならすごいじゃん。」

康介(小声で)え??」
「じゃぁ、ここはこの3の指使いと、フォルテの強弱と、ここの2つのスラーの3つを守ってくれる?」

康介(小声で)えっと・・・3の指と・・・フォルテと・・・え〜〜〜2つのスラー???」
「そうだよ。その3つ、まずは右手だけでやってみようよ」

康介(小声で)右手だけ・・・・どこから?」
(ずっこけそうになる気持ちを押さえながら)ここからだね」

康介母「先生、私は先生のように冷静には出来ないので、こんな態度を見たらすぐに腹が立って怒ってしまいます。彼の態度はやる気がないそのものじゃないですかっ」

「わかるよ。私は他人だからこうして話しているけど、毎日付き合うお母さんは大変だよね。
先生
(お母さんはピアノの先生なので)の教室に、もしこんな風に、あ~言えばこう言う、手に負えない生徒さんが来たら、どうやってレッスンする?」

康介母「言い方をいろいろ変えて話したり、今はまだそこまでわかっていないのだったら、もう少し先でしつこく言おうかな、と思ったりします」

「そうだよね。私たちが言っていることを生徒は聞くのが当たり前、生徒にちゃんと聞かせないといけない、と思うと腹が立つけど、聞きたくなるような話し方をしていたら、生徒は聞きたくなった時に聞くわけで、それまで待つ、ってことできるよね?」

康介母「でもそんなことしていたら、全然間に合わないじゃないですか!先生の顔に泥を塗ることになります!」

「こ~くんが私の顔に泥を塗ることを恐れて練習をするとは思えないので、私がまず泥まみれになる覚悟をしましょう(笑)

いいじゃない?『もう怒られながらの練習は嫌だ~~!このままでステージに上がるんだ!』ってこ~くんが思うならこのままで出ても!」

康介(ぎょっとして固まる)・・・・・」

「ステージでいい演奏をしたい、とだれよりも強く思っているのは、こ~くんだと思うよ」

康介(大きく何回も何回も頷く)・・・」
康介母「とにかく私に反抗するんです。背中だって丸くなってるからまっすぐしなさい、っていっても1ミリだけ動かして『まっすぐした』って言い張るんです。全然丸いままなのに・・」

「なるほど・・・。そうか、こ~くんはそんなに背中をまっすぐするのか嫌なのか・・・。
わかった!丸いまま行こう!グレングールドだって変な姿勢だけど素晴らしいピアノを弾いているし、別にいいじゃない? こ~くんもそれで行こう!」

康介「え???(途端に背筋が伸びる)

「いいよ、こ~くん。無理しなくても! 姿勢のことは、先生文句は言わないよ。 こ~くんの好きなようにしていいからね!」

康介(小声で)じゃぁ、ちょっとこれくらい・・・(かなりまっすぐな背中に!)
「お~~~かっこいいじゃん! あとは演奏だね!どうすれば演奏が良くなるかな?」

康介(小声で)毎日真剣に練習する・・・」
「そうだよね~。それがなかなかうまくいかないのはなんでだろう?」

康介(即答で)怒られるのが嫌だ・・・」
「そうかぁ、怒られるのは先生もいやだなぁ。ねぇ、ちょっと質問だけど、先生やお母さんって怒ってるの?」

康介「うん、(小声で)たぶん、怒ってる・・・」
「怒ってるってどんな感じ?怖い?」
康介「うん、怖い」

「先生がさっき『こ~くん、指使い守ってね!』って言ったのは怒ってるの?注意してるの?」
康介(小声で)あれは・・・注意してる?(聞き返す)

「もし、怒ってるように聞こえたのなら先生の言い方が悪かったね。
先生もお母さんも注意してるんだよ。こ~くんが何も考えずにすぐ弾いて、同じ間違いを何回も繰り返すから注意してるの。
こ~くんがお外に遊びに行く時に『車に気をつけなさいよ!』ってお母さんが言うのと同じなんだよ」

康介(小声で)注意・・・・?あれは注意されてるのか・・・」

「そうそう。だっていつものように何も考えずにぼ~っと外に飛び出したら車にひかれて死んじゃうでしょ?
だからそれと同じようにピアノも注意してるの。だから注意は聞いてくれると嬉しいな。
それを聞かないで飛び出しちゃったら怒られるの。わかるかな?」

康介(小声で)わかったような・・・わからないような・・・・ぶつぶつ」

それを黙って聞いていた康介母から、夕方メールがありました。

先生の説明を聞いていてハッとしました。
私は注意をせずに結果だけを責めて怒っていました。確かに私は怒っていたんです。
先生が言われたように、弾く前に注意をしながら練習したら今日の練習は怒らずにスムーズに行きました!ありがとうございました。」

こうして文章に起こすだけでも、ちょっとうんざりするくらいのこ~くんのぼやきですが、ずっと質問し続けていると、とても素直に本心を話してくれていることに気づきます。

指導する側に余裕がなかったら「はい、こ~くん、お口チャックで弾きますよ!」とシャットアウトするところです。
彼のぼやき(心の声)をただの反抗やただの遅延行為にこじつけるところでした。

相変わらず、マイペースでぼやきの減らない王子ですが、彼のぼやきを意味のあるものにして、ぼやきの先を一緒に考えて、こ~くんの花を咲かせたいと思っています。