由夏ちゃんは、中1の女の子。
1歳上のお姉ちゃんがいて二人で幼稚園の時からピアノを続けています。

年少さんから一緒に勉強しているので、今年でもうピアノ歴は9年目になるベテランです。

由夏ちゃんは、とても難しい曲に挑戦していて、夏休み中も苦戦していました。
夏休み最終週、コンクール予選を5日後に控えたレッスンの時でした。

由夏ちゃんは、突然「今度の土曜日のコンクールは受けません」と宣言をしました。

私はありがたい事に、お母さんから少し反乱の様子をうかがっていたので、少し心の準備があり、「お、きたな・・」と思いながら、由夏ちゃんの宣言を聞いていました。

由夏ちゃんにいくつか質問をしました。

「そうか・・・出たくないんだね。どうして出たくないのかその理由を先生に教えてくれる?」

由夏「ちゃんと弾けない状態で出たくない」

「そりゃそうだよね。
やってもやっても出来ないの?歯が立たない曲なの?
それともまだそこまでやってないけど、間に合いそうにないから諦めちゃうの?」

由夏「もう時間がない。もう間に合わない。」
「そうだね。あと5日だもんね~。どれくらいあったら間に合ったのかな?」

由夏「・・・・」(首をかしげて答えない)

「いつからあきらめようと思ったの?」
由夏「先週のレッスンが終わってから」

「そうか・・・この1週間全然ピアノ弾かなかったのかな?」
すごく長く伸びた由夏ちゃんの指の爪を手にとって質問。

由夏「はい・・・」
「そうかぁ~~~~。まずは爪を切ろうか!」

爪を切って一息ついた由夏ちゃんに

「ここから先は私からのリクエストなんだけどね!
コンクール受けなくてもいいから、やるだけ練習してみない??それで金曜日にやっぱり無理だったね、って言って二人で決めない?」

由夏「???」

「由夏ちゃんの曲が難しい曲だということは先生が良く知っているし、先週までは一生懸命挑戦していたことも知っている。だけど、このまま出来ないからと言って放り出すのは、私は嫌だな。

出来なくてもいいから金曜日までやるだけ一緒にやってみない?

その代わり、私も毎日由夏ちゃんの練習に付き合うから!毎日通ってこない?」

意外にも由夏ちゃんは笑顔で私のリクエストを承諾

なんか憑きものが落ちたようなすっきりとした顔になりました。

由夏ちゃんと話していて、今の由夏ちゃんは、

「ピアノを見るのもいや、今はピアノからとにかく離れたいの!」

という思いではなく、

「落ちるのはいや、弾けないのに人前で恥をかきたくない」

という思いなのではないか、と思いました。

前者であればしばらく冷却期間を置くところですが、後者であれば、まだ私にもできる事がある、と思いました。

そして由夏ちゃんと一緒に毎日1時間ずつ練習をすることと、金曜日にどっちを選択しても由夏ちゃんの自由であることを約束しました。

お母さんからは「先生、なんの魔法をかけられたんですか?由夏が『もう少し練習頑張る』って言って帰ってきました」というメールが届き、本当にその翌日から由夏ちゃんは毎日明るい顔で、通ってきました。

私も特別由夏ちゃんのご機嫌をとるようなレッスンはせず、妥協もしなかったのですが、由夏ちゃんの集中力が以前とは全然違いました。

私自身も、出来るようになった事を意識して、承認の言葉をしっかりかけました。
その分注文もたくさんしたのですが、由夏ちゃんはしっかりその注文にこたえてくれました。

きっと以前の私は、出来ていないことに意識がいき、出来ていた事への承認が少なかったのだと思います。

テンションが下がっている由夏ちゃんにどれだけ注文しても、すんなり頭には入らなかったということかもしれません。

そして末っ子でプライドが高く、意地っ張りの由夏ちゃんは、一度お母さんに「やめる」と言いだしたことから、他の選択肢を見い出す事が出来なかったんだと思います。

なかなか素直になれない子には、リセットするチャンスを与え、「頑固である=意地がある」長所を生かすとうまくいくこともあります。

プライドが高い子には、特にその子だけが責めを負う事がないように、先生も一緒に頑張る必ず出来るようになるから、と励ましながら、やる気を育てていきたいと思いました。

もしかしたら、私自身がレッスンの中で、出来ていない事実を突きつけて由夏ちゃんを孤立させていたのかもしれません。

生徒のプチ反乱、プチ一揆を受け止めることで、私も自分のやり方を振り返る事が出来ます。

毎日通って、一緒に練習して、金曜日に由夏ちゃんが出した答えは「土曜日(明日)、頑張ります!」でした。

そして、由夏ちゃんは見事予選を通過して大喜び!

由夏ちゃんに笑顔が戻ってきて自信を取り戻したことがわかりました。
よかった~~と私も胸をなでおろしました。