京子ちゃんは小学校3年生。
広島にお引越しで来られて、アルコバレーノの仲間に入ってくれました。

のんびりとマイペースですが、ピアノは大好き。
自分の意見もお話しできる笑顔のかわいい女の子です。

知らないことが多かったので、教本を通じで色んなテクニックを習ったり、ソルフェージュで知識を増やしたり、初めての発表会にも参加して、あっという間にみんなと仲良くなりました。

この半年間の成長は素晴らしく、

「こんなことも、できるようになったんだね」
「こんなに、大きな表現ができるようになったんだ」

と感心することばかりで、本人も嬉しそうでした。

2月末の発表会が終わり…

「今年はコンクールに挑戦しよう」

ということになり、課題曲を決め、頑張って取り組み始めました。

初めてのことでわからないことも多く、選曲からスケジュール管理、申し込みまで、お母さんも大変だったと思います。

京子ちゃんが「弾きたい」と思った曲は少し難易度が高く、京子ちゃんが苦手なものがたくさん入っている曲。

譜読みの段階から少し苦労していました。
でも、お母さんも熱心で、一生懸命に京子ちゃんの練習に付き添ってくれていました。

先日のレッスンのこと。

京子ちゃんの表情は暗くて、面白くなさそう。
そして、首がいつも45度に傾いていることが気になりました。

そういえば先週もその前の週も、いつもの元気がなかったことを思い出して、聞いてみました。

「ねぇねぇ、京子ちゃんは、この曲が好き?」
京子「……(首をかしげる)

「この曲を弾いてて、ワクワクしない?」
京子「……(うんともすんとも言わない)

「何か、気になることがあるのかな?
今日はいつもよりも元気がないね?」
京子「……」

京子ちゃんが、とても口を開きそうになかったので、質問はやめて。
身体を動かすことにシフトチェンジ(笑)

「ゲームしようよ! 右手だけ弾いてね。
ここのアクセントがついているところで、勢い良く椅子から立ち上がるんだよ! 出遅れないようにしてね!」

一回やってみましたが、めちゃめちゃ反応が遅く、完全に乗り遅れる状態。

「じゃあ、私が弾くから、京子ちゃんは立ち上がるだけに集中してね!」
見ていたお母さんもソファーで一緒にやってくれて嬉しかったのですが、肝心の京子ちゃんが乗り気でない。

何回もチャレンジして、私の方がすでに息切れで脚がパンパンになってきたのに、京子ちゃんの表情に変化がない。

これは心の問題かもしれないな、と思いました。

レッスンが終わって、帰り際に、京子ちゃんの目を見ながら

「京子ちゃん。
『嫌だな』『難しいな』『しんどいな』と思ったら、やめてもいいんよ。いくらコンクールを申し込んでいたって、ぜんぜん大丈夫。
京子ちゃんが挑戦している曲は難しい曲だし、頑張っていることは先生が良くわかってるからね。

曲だって変えていいんよ。他の曲にしたいなと思ったら、変えてもいいんよ。

京子ちゃんが受けるコンクールだから、京子ちゃんが好きなようにしていいの。先生は京子ちゃんが決めたことに全面協力するよ。

だから『嫌だな』『しんどいな』と思いながら無理にやらなくてもいいこと、覚えていてね!」

と伝えました。

私の目をじっと見て、京子ちゃんは「はい」と頷いて帰っていきました。

翌朝、お母さんにもメールをしました。

「京子ちゃんの暗い表情が気になる」こと
「京子ちゃんは十分に頑張っている」こと
「暗くなっている原因を取り除いてあげたい」こと

を伝えました。

京子ちゃんのお母さんから

「練習するときにどうしても感情的になって、京子を責めてしまう」

「(お母さん自身が)選曲を後悔している」

「母として『受けるなら通過したい』という気持ちが出てしまい、あと一ヶ月しかないのにどうしよう、という焦りが京子を追い詰めていたのかもしれない」

「アルコバレーノの他の同級生の方たちがすごいので、私自身の焦りもあった」

とお返事がありました。

そのメールを読んで、なんて素晴らしいお母さんなんだろう、と感動しました。
お母さんの言葉の中は、すべて「私(お母さん)」の気持ちが書かれていて、京子ちゃんを責める言葉は一言もありませんでした。

私は

京子ちゃんとのレッスンが楽しくて仕方がないこと

私自身も通ってきた道で、お母さんの気持ちは誰よりもよくわかること

私自身が無類の不器用な子だったので、誰を見ても全然驚かないこと

すぐに出来なくても、まったく気にしなくてもいいこと

などを伝えました。

お母さんからは「ゆっくり京子と話をしてみます」とお返事がきました。

そして数日して、京子ちゃんのお母さんから練習風景の動画が送られてきました。

動画を見た瞬間、京子ちゃんが別人のように楽しそうに練習しているのを見て、本当に安堵しました。

そのメールには、

他の曲も勧めてみたけど「やっぱり今の曲が好きだからやりたい」と本人が言うので見守ることにした、そしてレッスンの日は集中力が続かず、態度が悪かったことを本人も反省していた…

…などが書かれていました。

お母さんも京子ちゃんも落ち着いて、自分の気持ちに素直にお話合いができたんだな、と思いました。

お母さんの期待、欲…をすべて捨てて、ただただ、こどもの話に耳を傾けるって、簡単なようでなかなか出来ることではありません。

すぐにお母さんにメールを出して、感謝の言葉を伝えました。

「京子ママ、本当にありがとう。京子ちゃんの顔が明るくなってホッとしました」

私は
「コンクールをやめてもいい」
「曲を変えてもいい」

という極端な選択肢を京子ちゃんに出しました。

それは

「京子ちゃんの努力が足らないから、コンクールはもう無理。だから、受けるのはやめなさい」

と言っているわけでも、

「この曲は京子ちゃんには難しすぎるし、間に合わないから変えなさい」

と言っているわけでもありません。

京子ちゃんの頭の中にある「だって~~だから」を一つずつ取り除き、どの選択をしてもいい、すべては京子ちゃんの自由であることを思い出してもらったうえで、本当に自分がやりたかったことを見つめ直してみて、という提案なのです。

煮詰まった時にはリセットも大事。

「もう、やるしかない」
「最後まで死ぬ気で頑張ろう」

…と、気持ちをごまかしながら、引きずっていく方法もあるかもしれません。

でも親子で「しんどいな」と思ったら、やめる勇気、捨てる選択肢を持つことも大事です。

そうすることで、本当に手にしたいものが見えてきます。

途中でやめたからって全然恥ずかしいことじゃない。
何を選択したとしても、それは自分で決めた立派な決断。

そして、どんなにうまく弾けなくても、思ったような結果が出なくても、頑張っているみんなは素晴らしいの。