千尋ちゃんは受験生となり、塾、ピアノ、部活動となかなか忙しい日々を過ごしています。
サボり虫との闘いはまだ続いていて、毎回、譜読み地獄にもハマっています。
それでも、今年も果敢にコンペに挑戦した千尋ちゃん。
ソロはE級になり、さらに「どうしても、今年も継続して挑戦したい」と、デュオ(連弾)にも挑戦しました。
やる曲がたくさんたまり、譜読みが追いつかなくて、毎日のようにオンラインで一緒に譜読みしながら練習をして(誰かと一緒にやると頑張る、千尋ちゃんです)ソロは1回だけ、デュオは2か所の予選を受けました。
ソロは残念ながら通過ならずでしたが、「今年は準本選(※)があるので、それに向けて頑張ります!」と直後に前向きな宣言をして、すぐにデュオにシフトチェンジしました。
※準本選=本年度から始まった、動画審査
といっても、デュオの曲も「オンライン譜読み」が毎日、続いたわけですが・・・何故か千尋ちゃんは弱音も吐かず、逆にとても前向きで、明るい表情で頑張りました。
運良くデュオは二か所とも通過。
また「本選に向けて、全国大会に行きたい」という大きな目標を掲げて頑張る日々が続きました。
デュオは本選で入賞はしたものの、全国大会には進めず・・・落胆したメールが届きました。
その悔しい思いがあふれるメールの最後に
「これからは運も味方になってくれるように、日ごろから頑張ります。準本選に向けて、頑張ります!」
と書いてあって、そのことに私の方が驚きました。
「やるんだ・・・・準本選」
デュオの本選が終わったのが8月7日。 そして、準本選の締め切りは8月16日。
もちろん、千尋ちゃんの本選曲の練習はまったく進んでいません。
しかも、デュオが終わってからすぐに取り掛かればよかったのに・・・しばらく解放感にひたっていたのでしょう。 11日のレッスンでは、超スローテンポで弾いても、まともに弾けない状態でした。
2曲とも最後まで弾くことすらもできず、1ページ半ずつ聞かせてくれました。 残された4、5日でできることを考えて、千尋ちゃんの力も考えて・・・。 さすがの私も「千尋ちゃん、今回は棄権してもいいよ」と言いました。
千尋「・・・」 私
「やりたいの? できると思う?」
千尋「できるだけ、必死で頑張ってみたい」
私「そうなんだ・・・。でもどっちの曲も、今日弾いてくれたところの5倍くらいまだ残ってるよ。 しかも、もっと速く弾くんだよ。できそうかな?」
千尋「死にもの狂いで、頑張ります!」
私「いやいや、死なんでもいいんだけどね・・・」
私は、今回ばかりはいくらなんでも時間もないし、弾けてなさ加減が半端ないので、「これは無理だな」と思いましたが、千尋ちゃんは「頑張ります」を繰り替えすばかり。
「あのね、もう少し時間があったらできたかもしれないけど、残された時間があまりにも少なすぎない?」 と言っても、泣きながら「頑張ります」という。
まぁいいか。最終的に千尋ちゃんが納得して決断するのが一番だから、頑張るっていうのだったら、私もこのお盆の間はつきあいましょう・・・。
と覚悟を決め、
「やってみて、あ〜〜やっぱり難しいな、って思ったら、いつでもSOSを出していいからね」
「頑張りますって言った手前、『どうしても最後まで頑張らないといけない』って思わなくてもいいんだよ」
と伝えました。
そして千尋ちゃんに、「ピアノは、何時から何時まで弾けるの?」と聞いたら「朝7時から夜9時まで、弾けます」って答えが返ってきて、思わず吹き出しました(笑)
「そんなに朝早くから弾けたの? そんなに遅くまで弾けたの? 今まで何も知らなかったよ。 朝そんなに早起きして、頑張れる? 朝が苦手じゃなかったっけ?」 と言っても「頑張ります!」という。
これは千尋ちゃんの意地なんだな、自分が本気で頑張ったらどのくらいできるか、試してみたいんだな・・・。
と思い、翌日からの約束をしました。
正午までに、古典派の課題曲のできたところまでの動画を送る。
それを聞いて、私が「間違っているところ」「おかしいところ」を書き出してなるべく早く返信するので、午後からはまずそこを直すこと。
そして夜までに、ロマン派の課題曲のできたところまでを送る、そしてまた私が返信する。
これを毎日4日間繰り返す・・・。 という約束です。 最終日は2曲通して弾く、という計画。
翌日、本当に午前も午後も、動画を送ってきてくれた千尋ちゃん。
間違いが山ほどあり、弾けていないところもたくさんありましたが、「あ~~練習したんだ。あの子なりに今日一日、頑張ったんだ」と思ったら、早くも胸が熱くなりました。
千尋ちゃんにはやる気もあるけど、そのやる気が長続きしない怠け虫も心の中にすみついていて、しかもすぐに「できん」と諦めてしまう悪魔も顔を出すことがありました。
私自身がそうなので、よくわかります。
でも少なくとも一日、諦めずにやってみたんだな、と思いました。
その翌日、朝から雨がひどくて、携帯電話には避難指示のエリアメールは頻繁に来るものの、千尋ちゃんからのメールは一向に届かず・・・。
「あれ? 諦めたのかな」「一日だけで終わっちゃったか・・・」
と思っていたら、夜、お母さんからメールが来ました。
「お世話になっております。 今日一日、頑張りましたが、まだ何か所か暗譜があやふやで、楽譜を立てて弾いています。
また、曲の後半は何度も止まってしまってしまい、聴いていただけるような演奏にはなりませんでした。
ピアノを弾ける時間が過ぎてしまったので、ここまでを送ります。これ以降は、電子ピアノで頑張ります。 1曲だけになってしまい、申し訳ありません。
明日は2曲目を必ず、午前中に送るようにします。
お休みになられているのに、申し訳ありません。 よろしくお願いいたします。」
普段はなかなか、千尋ちゃんの味方になってあげられず「練習してくれない」「やる気がない」「とても弾けるとは思えない」と、批判的な気持ちになることもあるお母さんでしたが、この日のメールは違いました。
お母さんがそばで一緒に頑張ってくれたんだ、だから千尋ちゃん、一日ずっと頑張れたんだ・・・ と思いました。
そのことがとても嬉しくて
「計画通りにいかなくても、いつまでも待ってるからね。頑張ってね。」
と返信しました。
その翌日からも、少々、怪しい動画が送られてきたのですが、不思議なことに、怪しい中にも「千尋ちゃんの持ち味であるエネルギー」を感じる演奏が見られるようになりました。
4日目にはどれだけ練習したらこんなに弾けるようになるんだろう・・・と思うくらい、「before → after」がはっきり出ていて、11日の時点では考えられない技術、さらに姿勢や目つきまで変わっていました。
「これがコンペに挑戦する目的なんだな、これが本当の結果なんだ」
・・・と私の方が千尋ちゃん親子に教えてもらいました。11日の時点で諦めさせなくて良かった、と痛感しました。
提出期限の、16日の千尋ちゃんのメールです。
「5日間、一生懸命に練習したけど、間に合いませんでした。
練習する前までは「間に合う、頑張ればできる」と思っていたけど、いざやってみるとまったくできなくて、「自分が甘かったな」と初めて思いました。 「
やばい」と気づけるまでほったらかしにしてしまうのが私の悪い癖なので、早く直したいです。
いつも、同じような感じで間に合わないのが悔しいけど、この気持ちをすぐ忘れて、また次も同じことをしそうなので、次のコンクールでは毎日、練習してこの5日間を頑張ったことを忘れず、続けていきたいです。こんなにピアノと向き合ったのは初めてで、「頑張るってこんなにキツいし、辛いのか」と思いました。
でも、5日間で、まだまだだけど、少し弾けるようになって嬉しかったです。
この5日間のようにキツくならないためにも、毎日ピアノを弾くことが大切だと思いました。私はもっとピアノが上手になりたいです。頑張ります。
この5日間、お忙しいのに聞いてくださって、ありがとうございました。」
そして、最後に録音した動画も一緒に送ってきてくれました。
準本選は、二曲連続して録画したものを送らないといけないので、今の千尋ちゃんには提出することは無理でしたが、私はその一生懸命な演奏に感動して、
「本当によく頑張ったね~~~。素晴らしい演奏だよ。 一緒に頑張ってくれたお母さんにも、感謝だね。」
とメールを送りました。
以下はお母さんからのメールです。
「先生、お盆のお休みにもかかわらず、毎日、聴いてくださり、メッセージをくださってありがとうございました。
11日に重野先生にレッスンを入れていただいて、本当に良かったと思っています。
あの日、どんなお話をしてくださったのか、まったく話してくれなかったのですが、よほど心に響くお話をしてくださったのだ・・・と思っておりました。練習は、やってもやってもできなくて、ない知恵を二人で絞り出しながら、今まで教えていただいた練習方法を片っ端からやってみました。
それでもできなくて、途中『もういいんじゃない?』と、私の方が挫けそうになりましたが、 『絶対やる!! やって、できるようになった!!って喜びたいんよ。』と、話す千尋をただただ、見守るだけでした。
難所をクリアする度に、まるでフィギュアスケートのジャンプの成功に拍手を贈るような気持ちで「ヤッター」と二人で喜びました。
私は普段、千尋を落っことすことしかできてなくて、どんなに話をしても、声をかけても、全く動かなかったのに、千尋はあの日、レッスンに行ってから変わりました。
今でも不思議です。 休憩中に昔の演奏の映像を見せたり、練習の足跡として残している記録を見せたりしたながら『よく頑張っていた小さい頃の力があるし、本当に千尋は上手なんだから、絶対できるようになる』と、応援し続けただけなんです。
ですが、待っていてくださる先生がいなかったら、やはりできなかったことです。
それは、千尋だけでなく私も同じです。
「何時になっても、待ってるよ!」の言葉に励まされて頑張れました。そして、今日はいよいよ〆切。 二人とも今日、提出できないことはわかっていたし、「2曲続けての録画もできないだろう」ということもわかっていたけれど、それでも「もしかしたら、できるかも!」と最後まで望みを捨ててなかったです。
さすがに8時をすぎた時は、落ち込みそうになりましたが、二人で「今回のことを、次に生かすにはどうしたらいいだろうか」と、話したり考えたりしながら、最後には、 『重野先生は、どう言ってくださるかな? きっとできなかったことより、できたことをほめてくださるよね。』 と千尋が言いました。
「私もそう思う!」と話し、「間に合わなかったけど、今日できる精一杯の演奏を先生に送ろうね!」と話して演奏した、渾身の演奏です。
ミスタッチばかりですが、伝わっていたら嬉しいです。
「信じて待っていただけることの力の強さ」を、私は今回、改めて学びました。
先生、本当にありがとうございました。」
今回ばかりは私は何もしていなくて、お母さんと千尋ちゃんのお手柄でした。
そして頑張った演奏も、本選レベルには達していませんでしたが、私は心の底から「すごい」と思い、「よく頑張ったね~~~」と、千尋ちゃん親子を抱きしめたい気持ちでいっぱいでした。
ギリギリ星人の本領を発揮し、死力を尽くした千尋ちゃん。
月末のレッスンに来てくれた時には、すっかりいつもの骨抜きの千尋ちゃんに戻っていて(笑)、お盆の時の目つきや姿勢は別人になっていましたが、見慣れたその姿に、安心したことも事実です。
それでも、野望は大きく、「せっかく古典派のソナタが弾けるようになったので、ソナタコンクールに挑戦してみたい」と言い、「そのあとは、ショパンコンクールも・・・」。
「まずは、早めにソナタコンクールの動画を録画して、提出してから考えましょう」
と提案して、また元に戻っていた古典派ソナタにメスを入れ、やり直しをして・・・。
今回は、千尋ちゃんが自ら「もっといい演奏を送りたいので、もう一日、頑張りたい」を繰り返し、「弾ける・弾けない」のレベルを卒業し、次の段階を楽しんでいるんだな、と思いました。
今回はお母さんもお仕事が始まったので、一人で頑張っていましたが、「応援してくれる人がいる」という心強さ、「必ず認めてくれる人がいる」「必ず待っていてくれる人がいる」という安心感で、孤軍奮闘できたんだと思います。
動画を撮り終えた千尋ちゃんからのメールです。
「夏のあの5日間があったから、リベンジしようと思う気持ちがあって、何回も撮り直して『これだ!』っと思うまで練習することができました。
そして、「演奏にはピークがある」ということも知りました。
今までは、ここまで曲を仕上げることがなかったから分からなかったけど、最後の頃は日に日に左手が勝手に回ったり、雑さを感じることが多くなりました。一生懸命やっていてもできなかったり、納得できなかったり、本当にできるのか、たくさん不安はあったけど、「今日は今までで1番いい演奏だな」と思えたのでよかったです。
ショパンの曲もとっても素敵で、今までの私には、弾いたことがないジャンルの曲だから、間に合うように毎日の練習を頑張ります!
ありがとうございました。
千尋」
今年も生徒たちはそれぞれに頑張って、しっかり成長の跡を見せてくれました。
全国に進んだ生徒たちも、惜しくも行けなかった生徒たちも、そして予選が通過できなかった生徒たちも、それぞれのドラマがありました。
コンクールの利用の仕方は様々です。
今は生徒たちが挑戦できるコンクールがたくさんあり、本当に助かっています。
現在進行形の千尋ちゃん。
この夏(ちょっと秋の入口まで)の一番、熱いお話でした。
追伸:自分が納得いくまで、何回も撮り直していた千尋ちゃん。
ようやく動画が撮れて、大喜びしたのもつかの間・・・「締め切り前に定員になり、前日に締め切られていた」と、お母さんから連絡がありました。
準本選の時よりもうんとよくなった演奏は、私たちだけが聞いてお蔵入り・・・という「落ち」がつきました。