京子ちゃんは2年生。アルコバレーノに入会して2年になります。

お母さんもとても熱心な方で、京子ちゃんのことに一生懸命。
いつも微笑ましいな…と思っていました。

そんなお母さんからある日連絡をいただきました。

「レッスンの時にはお話しできないので、話を聞いていただけたら…と思って連絡しました。
毎日の京子の練習についてです。

どうも私の目には『ただ音を鳴らしているだけ』に見えて、ぜんぜん音を聴いていないように見えるのですが…これで大丈夫でしょうか?」

なるほど。

そうだよね…お母さん方はご自分がピアノを弾かなくても、毎週のレッスンを聞いているだけで「どういう練習を求められているのか」がわかるようになりますから、不安になられることも多いのです。

そして、

「その着眼点が素晴らしいです。よく気がつかれましたね! 
まずはお母さんにブラボーですね。
さて、これをどうやって京子ちゃんに伝えたらいいと思いますか?」

とお返事しました。

お母さんからのお返事です。



「最近、気になることが多く、どうも京子に文句ばっかり言っているような気がします。

そんな私を京子も避けるようになっていますし、ほんとうは口うるさく言いたくはないのですが、放っておくことも出来ずに困っています。

お母さんの気持ちがとても良く分かったので、一言「『怒り癖』ってあるよね…」ってお返事しました。
私にも経験があったからです。

お母さんから、すぐに

「先生、まさに『怒り癖』を発症しています! 
日々エスカレートしていって、なんかどんどん腹が立ってくるんです」

とお返事が来たので笑いました。

私も子育てをしている時、色んな事が気になってガミガミ言い始めたら、次から次へと「怒りの元素」に気がつくようになり、口からどんどんネガティブな言葉が出るようになりました。

当然、娘たちは反抗して

「今、そんなこと関係ないじゃん」

「お母さんの言い方が嫌だ」

「どうして最初から怒ってるの?」

と私に言って来ましたが、

「だって、ちゃんとやってないもん」

「どうして約束を守らないの?」
「やるって言ったよね!?」

と私も同じレベルで言い返していました。

その時に「怒り癖」って怖いな…どんどんエスカレートしていくな…私はだいたいこんな人間じゃなかったのに、って思っていた記憶があります。
どこかで「この世界から足を洗いたい」と思っていたので、お母さんの気持ちが痛いほどわかりました。

そこで、京子ちゃんにアドバイスを聞いてもらえるように話すにはどうしたらいいか、お母さんに考えてもらうことにしました。

お母さんに一つ宿題を出しました。



「京子ちゃんの練習が『ただ音を鳴らしているだけで、聴いていない』ってどうして気がついたのか、どんな時にそう思ったのか、私に教えてね!」

京子ママには「お返事にどれだけ時間がかかってもいい」こと、「その宿題が出来るまでは、京子ちゃんにも何も言わない」こと、をお約束しました。

それから数日して京子ママからお返事がきました。

「先生、不思議です。あの日から先生にお返事をするためにすごく注意して練習を聞いて、『ただ音を鳴らしているだけ』の事実を報告しようと思っていました。

でも一昨日も昨日も、すごくいい練習かどうかは分かりませんが「京子なりに考えてやっているんだな…」と、思うことの方が多かったです。

いざ、先生に報告しようと思ったら「そこまで悪くないのでは…?」と思えてきて。
レッスンに伺ったら、またぜんぜん出来ていないかもしれないのに…。
これって親バカですよね。

その微笑ましいメールに思わず笑ってしまいました。

「お母さん、『怒り癖』が抜けましたね!」

とお返事したら

「先生にお返事するまでは、何も口出ししない約束でしたから。お陰様で今は鎮火しています。

とメールが来ました。

「次にまた『怒り癖』が出たら、まずは私に吐き出してね!

とお返事しました。

その後のレッスン、京子ちゃんもお母さんも楽しそうでした。
ひょんなことでついてしまう「怒り癖」。
あまり長引かせずに鎮火させたいですね。

実はこの「怒り癖」、こどもにもありました。

綾音ちゃんは小学3年生。
割りと気持ちの浮き沈みが激しく、ご機嫌がいい時と悪い時の態度もはっきりしています。

そしてなかなか思うように出来ないと「出来ない…」と弾いていた手をおろしてうなだれてしまい、テンションがダダ下がりになります。
次のレッスンでは、思うように弾けなくなると「もうやりたくない」といい、背中を丸めて演奏拒否をし始めました。

さらに次のレッスンでは「もう、こんなん無理だから」「こんなん弾けんもん」とヒステリックに言うようになりました。

こどもでも「怒り癖」ってあるんだな…って思いましたし「お家でも大変だろうなぁ」と思いながらお母さんの様子も毎週、観察していました。

お母さん、最初のうちはなだめるようにご機嫌をとっていましたが、綾音ちゃんが悪態をつき始めると「だったらもうレッスンをやめて帰ろう」「そんな態度は失礼だから」と言うようになりました。

綾音ちゃんがヒステリーを起こし始めたら「家でもそうなんです」「こうなったらもう、手がつけられなくて…」 とお手上げ状態になっていました。

「そうだよね…。
私も家だったら『いい加減にしなさい』と言って怒り飛ばしてるかもしれない。」

と笑いながらお母さんには答えて、今度は綾音ちゃんに向かって質問をしてみました。

「ねぇねぇ綾音ちゃん、誰に怒ってるの? ママ? 先生? 自分?」


しばらく考えて綾音ちゃんは「自分」と答えてくれました。
うまく弾けるようにならないことに腹を立てて、自分に八つ当たりをしていたらしいのです。

そこで、


「ねぇねぇ、なかなか弾けるようにならない時に、ママから『なんで弾けんの?』『もう無理なんじゃないの?』って言われるのと『がんばれ~~、だいぶうまくなったよ』『よく頑張ってるね』って言われるのとどっちが嬉しい??」

って質問してみました。

即答で「よく頑張ってるね、がいい」と答えてくれました。

私「そうだよね!だったら綾音ちゃんもうまくいかないときには、自分に『がんばれ!』『あともう一息』って声をかけて練習したほうがよくないかな? ぷんぷんするよりもいいんじゃない?」



綾音「うん。あのね、最初は出来なくて悲しかったけど、いつまでも出来ないから、今日は腹が立ったの。」


私「そうなんだね。
それってね、実は『怒り癖』って言うんよ。その癖がついたらどんどんいろんなことに腹が立ってくるの。
もっと怒りたい? それとももうやめたい?? 
綾音ちゃんが好きな方を選べるよ。」



綾音「やめたい」

私「そっか。だったら今日の残りのレッスンは『怒り癖』ゼロでやってみようよ。
腹が立ってキ~~~~って怒りたくなったら『がんばれ~~~』『あともう一息!』って自分を応援してあげてね。
これはゲームだからね!」



綾音「それでも怒りたくなったら?」
私「その時は『怒るの怒るの飛んでけ~~~~』って叫んでもいいけど、それ以外の言葉は言わんのよ。」

綾音ちゃんは「怒るの怒るの飛んでけ~~~」を言いながらすでに笑っていました。
残りの時間は一度もヒステリックになることもなく、和やかに終わりました。

一度、火がついた怒りはどんどんいろんなものを巻き込んでメラメラと膨らんでいきます。
こどもでも、大人でも指導者でも。

知らないうちにその火に巻き込まれてしまうこともあります。
どこかでリセットして、火を消したいですね。

ひとつ、少し視点を変えた質問を考えて、その答えを出すことに集中して考えていたら「何故、そんなに怒っていたのか」すら忘れてしまうこともあります。

口から怒りではない言葉をあえて出すことで、身体の外に怒りが流れ出るのでしょう。

一人で抱え込んで、悶々としていたらどんどん炎は大きくなっていきますから、吐き出す機会を作ることは大切だなと思いました。

「怒り癖」があるってことは、「誉め癖」もあるということです。
出来れば「誉め癖」「笑い癖」をつけて、楽しく過ごしたいですね。