とっても頭のいい真弓ちゃん。小学2年生。
ピアノ歴は4年、言われた宿題は必ずきっちりやってきてくれる真面目な生徒さんです。

その真弓ちゃんの最大の強みは賢さ、勤勉さ、安定感。
幼稚園の頃はグループでレッスンをしていたので、何をやらせても誰よりも理解力が早く、予習復習を欠かさない真弓ちゃんの知識の定着は素晴らしく、頼もしい生徒さんでした。

グループの後2人は、超自然派タイプと、お姫様タイプ、三者三様のとても賑やかな楽しいグループでしたが、そのエリートでサラブレッドの真弓ちゃんの顔が、暗くなってきたのはコンクールの結果で3人の差がつき始めた1年前頃からでしょうか。

グループのほかの2人は、あまりコツコツと練習はしませんが、演奏するときは生き生きと楽しそうにピアノを弾くので、小さい部門のコンクールでは評価されることが多いのです。

真弓母「真弓の演奏は面白くないんですよね。パーーーーンとした勢いがないというか・・・」
「そうかなぁ。真弓ちゃんは大器晩成型だからね!これからだよ」

真弓母「ないものねだりをしても仕方ないんですけど、子供らしくないというか、私が型にはめすぎましたかね」

真弓ちゃんは真面目に言われた通りによく弾いているのです。

ただ、慎重なので感情表現が小さく、ちょっとロボットのような演奏になっていて、そこが結果につながっているような気がするのですが、まだ彼女のピアノ人生は始まったばかり。

この勤勉さが花開く時が必ずくるに違いない!と思っています。

また真弓ちゃんは賢いので、お母さんと私の会話をしっかり聞いていて、「真弓は下手だ」と思いこんでいました。

グループレッスンでずっとトップを走ってきた真弓ちゃんにとって、たび重なるコンクールの不本意な結果は人生最初の挫折となった訳です。

コンクールは、今無理に受けなくてもいいのでは・・・ともアドバイスしてみましたが、みんなと同じようにさせてやりたい、何がきっかけになるか分からないから、などなどの理由で、今年もコンクールに挑戦する事になりました。

小学生になって個人レッスンになったので、他の二人と比較する機会は減りましたが、同時に真弓ちゃんの勤勉さが目立つ場面が少なくなり、みんなの前で褒められることが少なくなったことも、真弓ちゃんにはテンションが下がる出来事だったのかもしれません。

コンクールを直前に控えたレッスンでのこと。

「真弓ちゃん、今の演奏どうだった?」
真弓「強弱がついていなかった」

「そうだったんだ。つけるのを忘れていたのかな?」
真弓「最初もっと大きく弾きたかったけど普通だったから、2回目と同じ強弱になった」
「そうかぁ。なるほどね・・・」

とっても真面目な真弓ちゃんなので、自分が決めた強弱が守れなかった、ということが気になっていたようでした。

私もお母さんも、真弓ちゃんは

・独創性は強くないけど決められたことを守るのが得意である
・決められた線路の上を歩く方が安心している
・いきなり初めての事はできない

と、思い込み決めつけていました。

これまでそう思わせる場面が何度もあったからです。

でも、その真弓ちゃんの返答を聞いて、私たちが得意だと思っていた事に、今、真弓ちゃんは縛られているのではないか、と思ったのです。

私はダメもとで間逆の事を提案しました。

「ねぇ真弓ちゃん、今ここに書いてある強弱じゃない強弱を自分で考えながら弾ける?先生この強弱にちょっと飽きたから、全然違うの作ってくれない?」

その私の提案に、お母さんはとっさに頭を抱え、真弓ちゃんも一瞬固まりました。

真弓母「先生、突然アドリブですか??」
「そう!やったこともない強弱を作ってみて!なんか楽しそうじゃない?」

と、ため息交じりのお母さんと、固まる真弓ちゃんに重ねて勧めてみました。

しばらく考えて、弾き始めた真弓ちゃん。

うまくいかなくて当たり前、全然期待しないで聴いていました。

しかし、真弓ちゃんの演奏は、どんな強弱をつけるのか全く分からない私とお母さんにも、はっきり強さの違いがわかり、音楽もワクワクしていて、演奏終了後思わず二人で拍手喝采でした。

真弓母「わお~~、ブラボー!出来るじゃない!すごくよかった!!」
「素晴らしい演奏だったね~~~!言うことなし!」

パ――っと表情が明るくなり、笑顔になった真弓ちゃんを見て、あ~~よかったと思いました。

どうしたら真弓ちゃんの顔を明るくする事が出来るか、どうしたら真弓ちゃんに生き生きと演奏させる事が出来るか、とそればかり考えていましたが、そう思っている私たちの表情は多分暗かったのでしょう。
演奏を聞く時もワクワクしていなかったのでしょう。

きっと真弓ちゃんには何万回もの私たちの心のため息が聞こえていたに違いありません。

私が真弓ちゃんにこれまでとは違う大きな提案をする事で、こんなに変わるのか、と驚きました。

別の日のレッスンの事、一回弾いてもらった後でいつもの質問をしました。
賢くて、何を注意されるかよくわかっている子なので、真弓ちゃんは言われる前から自分の演奏に否定的です(笑)

「今の演奏どうだった?」
真弓「肩が上がって、音が硬かった」
「なるほど、そうなんだ。いつそのことに気がついたのかな?途中で肩を下げることは出来なかったの?」
真弓「演奏が終わった後で肩が上がってたかなぁ、と思いました。だから音も硬かったのかなぁ・・・と思いました」

自分でそう感じたのではなく、いつも注意されているから今回もそうだろうと、思い込んでいた真弓ちゃん。

「そっか・・・。じゃぁ試しにめっちゃくちゃ肩を上げて弾いてみてくれる?ちょっとしんどいと思うけどね」
と提案して、真弓ちゃんにやってもらいました。

肩をあげて窮屈そうに弾く真弓ちゃん(笑)

「うまいうまい!どうだった?疲れた?」
真弓「はい。疲れました・・・」

「じゃぁ、逆に肩を下げて弾いてみてくれる?」

真弓ちゃんが肩を意識して弾いているのを確認してから、聞いてみました。

「どうだった?どっちが楽だった?」
真弓「肩を下げている方です」

「さっき真弓ちゃんが弾いてたのはどっちかな?」
真弓「今の二つの真ん中くらいかも・・・」

「そうだよね、そんなに肩が上がっているようには見えなかったよ。わからなくなったときや無意識で弾いているときには、こうして大げさにやってみるとわかるね!じゃぁ、同じようにめっちゃくちゃ硬い音で弾いてみて!」

真弓ちゃんは、出来る限りの硬い音を出して、その後すごく柔らかい音を出してくれました。
私の普段の指示があまりにも手抜きで、ワンパターンだったので、実感もなく自分の短所だと思い込んでいた真弓ちゃん。ごめんね・・・・

「肩が上がってるよ、音が硬いね」

それだけでは何の解決にもならないのに、問題だけを指摘して、直っていない事だけを責めていたのかもしれません。

まずは思い込みを外すこと、そして理屈ではなく体感すること。
真面目で左脳人間な真弓ちゃんのレッスンからいろんなことを学んでいます。