小6になった康介君は、最近一人でレッスンに来ます。

そのため一週間の様子をお母さんがお手紙で知らせてくださいます。そのほとんどが親子げんかだったり、愚痴だったりするのですが、吐き出すことでお母さんの気持ちも少しおさまっているようです。

手紙には、先週の肝試しコンサート(月一回の弾きあい会)で私が康介君に書いたコメント「フレーズの流れや曲の構成を考えましょう」について、レッスン前に、お母さんと二人で考えたことが書かれていました。

「この曲をどう弾いたらいいか、二人で考えたかったのですが、康介は「意味がわからん」「めんどうくさい」「やりたくない」と言って、結局な~~んとなく強弱だけつけて、最後だけ部分練習をしました。
何となく、こんな感じで弾くのが楽なようです(怒)。」

そのキレ気味のお手紙を読んで、いくつか康介君に質問をしてみました。

「こ~くんは、何となく弾きたいんだね。あまり深く考えたくないんだね?」

康介「嫌ってわけじゃないけど、どう弾いていいのかわからない」

「なるほど、そうだったんだ。じゃあどこがクライマックスか、とか、どこが一番声を潜めているかとか考えるのは面倒くさいわけじゃないの?」

康介「面倒くさいっていうより、やってたら『あ~~~~わからん!』ってなる」

「そうか、すぐには出来ないもんね。難しいよね。違うことをやり始めたら、今出来ていることも一瞬弾けなくなったりするしね。じゃあやっぱり「何となく」でいいか!康介君がいいなら先生はいいよ!」

康介「ん~~~、なんでそれをしないとダメなのかがわからない」

「なるほど!そりゃそうだね!そこを説明しないといけなかったね!ごめんごめん!

あのね、こ~くんがこの間肝試しで弾いてくれた演奏は、パリッとしていてかっこよく弾けてたの。そのことは先生も褒めてるの。

でもね、止まらずに間違えずに弾けることだけじゃなくて、もっと物語のように音楽が面白く聞く人の耳に入ってきたら、こ~くんの演奏はもっと良くなるし、『ユース(地元のコンクール)で金賞を取る』っていう目標に近づくな、って思ったの

間違えずに弾く人はたくさんいるけど、それだけじゃ魅力が弱いかな、って思ったから、もっと曲の構成も考えてドラマのように聞かせてほしいな、って先生がリクエストしたんだよ。」

康介「間違えずに弾くことばっかり考えてた」

「もちろんそれが出来るようになったことは素晴らしいことだし、先生もこ~くんの成長は認めてるの。でも、こ~くんの目標はもっと上にあるんだよね?金賞がとりたいんだよね?」

康介「取りたい!じゃぁ、構成も考えて弾かないと・・・」

「そうそう。でもそれには、もれなく面倒くさい練習がついてくるんだよ。出来る??」

康介「・・・・やってみよっかな。。。」

そしてさらに質問を続けました。

「ねぇ、こ~くんは先生とこうしてお話しするときはすごく素直で、全然キレないし、穏やかに話してくれるのに、お母さんと話すときは出来ないの?」

康介「出来るときもあるけど、弾いてる途中になんか言われたり、何回も同じことを言われたりしたら『あ~~~うるさいうるさい』ってなる。それに僕は練習してる時にボーっとすることがあるので、その時に質問されたら『あ~~~わからんわからん』ってなる」

「そうなんだ。弾いてる途中に止められると嫌なんだ」

康介「うん。腹が立つから、ついついキレる」

「そうなんだね。レッスンの時に先生が止めることってあるじゃない?その時も腹が立ってるんだ・・」

康介「あ、はい」

「でも、先生だからここでは我慢してくれてるんだね。えらいなぁ。それをお母さんには出来ないの?」

康介「あ、無理・・・。家だとすぐにキレる」

「そうか、ここでは我慢できるけど家ではキレる癖がついてるんだね。その『キレぐせ』直したくない?こ~くんもお母さんも!」

康介「直せるものなら・・・」

「こ~くんは今忙しいから一週間に2回か3回しか練習できないんでしょ?週に1回のレッスンの時は我慢できるんだから、2回も行けるんじゃないの?」

康介「あ、でも勉強の時も『あ~~~わからんわからん』ってキレるから・・・」

「そうか・・・。ねぇねぇ、今先生が聞いてたら、こ~くんがキレるときは、いっつも『わからん』って言うみたいだね」

康介「確かに・・・」

『わからん』って言ってお母さんに言葉をぶつけてるんだね。その言葉、先生に言ったことないじゃない?我慢してくれてるんでしょ?それ家でも我慢できないかなぁ・・」

康介「わからんって言わないってこと?」

「そうそう!でも急にゼロにするのは無理だから、こ~くんは何枚か『わからんカード』が持てることにしようよ!
一日にその枚数分は『わからん』って言ってもいいことにしよう!何枚にする?これはゲームだよ!」

康介「え~~~~と・・・・じゃぁ7枚」

「7枚?了解!じゃぁピアノの時も勉強の時も普段の会話の時も、『わからん』は一日7回までね!それ以上は我慢してね!」

康介「じゃぁ、勉強にのけておかないと・・・足らない」

「そうそう、だからまだお昼とか夕方は出来るだけ我慢しておかないと、夜が大変になるよ!上手にやってね!」

康介「出来るかなぁ・・・」

「お母さんにも協力してもらおうよ。お母さんがキレても困るわけだから、この計画をお母さんに話して、二人で頑張れるようにしたら?こ~くんはお母さんに協力してほしいんでしょ?」

康介「はい」

うまく言えないかもしれないから、ということで、康介ママからの手紙の下に私がお返事を書きました。康介君の言葉を代筆したのです。

「出来るだけ腹を立てずに、我慢の時間をもうちょっと長くして頑張ります。
僕にはお母さんが必要なのでよろしくお願いします。

それからピアノを練習するときに、ボーっとして、次に何をするかわからない時があるので、その時はやさしく教えてください。

週に2回か3回しか練習が出来ないので、もっと火曜日を大事にしたいと思います。
今週はキレないように頑張ります。

「わからん」という言葉は一日7回までしか言いません。この回数をだんだん少なくできるようにします。

康介」

「すごいね!なんか出来そうだね!」

康介「でも、心配。『わからん』って口から出そう・・・本当にわからん時にはなんて言ったらいいんだろう・・・」

「わかろうとして考えてる時って何て言う??」

康介「今考え中・・・とか、わかろうとしてる・・とか、もうちょっと待って、とか・・・。あ、そうか、『わからん』って言わなきゃいいんだ。あとは何の言葉でもいいんでしょ?」

「そうそう。こ~くん、いいことに気がついたね!『わからん』以外の言葉を考えてね!」

こうして意気揚々と帰っていった康介君。

効果はその後数週間続き、タイミングよくその効果が切れる前に行なわれた目標のコンクールで、康介君は、なんと金賞を手にしました。

おめでとう!こ~くん。