ピアノ教室のあるある話
康介君は中学受験をして、第一志望の学校に合格し、レッスンに本格的に復帰したばかり。
1か月半後の発表会に向けて、苦手な譜読みと格闘していました。
その日も、寝癖がついた髪の毛を触りながら、自信なさそうにピアノの椅子に座りました。
私「今日はどこまで弾けるのかな?今日のメニューを教えてくれる?」
康介「え~~~と・・・・。ここまでは何とか弾けるかな。この後はちょっとすらすらとは弾けません」
私「なるほど。じゃぁ、そこまで聞かせてくれる?」
そして弾き始めてくれたのですが、康介君が指定したところまでたどり着くのに、びっくりするほど時間がかかり、何回も何回も弾き直したり、立ち止まったり・・・音が違っていたり・・・
康介君が最初に説明してくれた仕上がりとはギャップの大きい演奏になってしまいました。
私「どうだった?」
康介「結構間違った」
私「そうだったね~~。家で練習した時は出来てたの?」
康介「はい」
私「そうか。でも今弾いたら全然弾けなかったんだね・・・。それはどうしてだろう」
康介「う~~~ん、わからない」
私「毎日練習したかな?」
康介「はい、しました」
私「ここの難しいところ、何回くらい弾いたかな?」
康介「20回くらい・・・」
そこで、私は練習量をバケツにたとえて、話をしました。
私「バケツに水をたくさん汲んだら、いっぱいになってあふれるじゃない?あふれるまで水を汲んだら弾けるようになるの。
こ~くんは今週毎日練習してくれたけど、もしかしたらバケツいっぱいにはなってなかったのかもしれないね。どれくらい溜まってたんだと思う?」
康介「半分くらい?」
私「そうか。それだと水はあふれないよね?だから弾けるようにならなかったんじゃないかな。同じ練習するなら、あふれるまでやらないともったいないね」
康介「うん」
そして、弾けなかったところを選んでもらい、その2小節が出来るようになるまで一緒に練習をしました。
1小節ずつにしたり、片手にしたりして何度も何度も弾きましたが、なかなか連続して弾けるようになりません。
50回が過ぎ、70回~80回くらい練習したところで、ちょっと休憩して質問してみました。
私「こ~くん、今何回くらい弾いたと思う?」
康介「50回くらい?」
私「そうだね、7、80回くらい弾いたよ。でもまだ弾けるようにならないね~~。何回くらい弾いたら弾けるようになると思う?」
康介「100回くらい?」
私「そう思う?人によってバケツの大きさが違うから50回ですぐあふれちゃう人もいるってことだよね。でも、こ~くんの場合、先生は500回くらいかな、って思ってるんだけど・・」
康介「え??ご、ごひゃっかい??」
私「そうそう、50回を10セットかな?50回ずつ休憩していいよ。どう?」
康介「それはちょっと無理かも・・・」
私「そう?じゃぁ何セットくらいならできるかな?こ~くんが回数を決めていいよ!」
康介「6かな・・・だから300回?」
私「了解!じゃぁ300回にしよう!」
康介母「先生、今週も難しくて挫折して、練習するの大変だったんです。300回もするんですか?」
私「そう!その代り、どんなにダラダラ弾いても、集中せずに弾いてもいいことにしようね。
お母さんには申し訳ないけど、ちょっと練習につきあって、回数を数えてくれる?とにかく300回数えてね!なにもいわなくていいよ、数えるだけでいいから」
康介母「どんなに弾けなくても数えるだけでいいんですか?1日2小節でいいんですか?」
私「そうそう!とにかく2小節に300回、途中で休憩しながら二人でやってみてくれる?」
康介「はい」
私「来週までに2小節ずつやってどこまで弾けるようにする?」
康介「ここは弾けてたから、ここまでかな?」
私「了解!じゃぁ楽しみにしてるね!」
半信半疑のこ~くん親子でした。しかも300回!
それ以外の練習は一切しなくてもいいこと、どんな反抗的な態度や、やる気のない態度で練習してもOKなこと、お母さんはただ数えるだけでよくて何も言わなくていいこと、とにかく1日2小節を300回練習し続けることを約束して、その日のレッスンを終わりました。
そして、次のレッスンでのこと。
いつもなら、逃げ腰でテンションの低いこ~くんですが、その日はさっとピアノの椅子に座り、レッスンが始まりました。
私「300回弾いた?」
康介「はい」
私「すごい!毎日やったの?」
康介「はい、やりました」
私「すご~~~~い!こ~くん、今日はもうそれだけでめっちゃ先生に褒められるよ!素晴らしいね~~~!!!」
まだ1音も鳴らしていませんでしたが、約束通り300回を親子でやってくれたことに、私はただただ感動していました。
そして、弾き始めたこ~くん。
その音は完全に先週の音とは違い、身体や手のひらの力が抜けて、柔らかい音でスラスラと弾けるようになっていて、またまた感心してしまいました。
300回ってすごい!
この宿題を自分で言っておきながら、その効果の大きさにびっくりしました。
康介母「先生本当にすごいです。最初の100回くらいは全然弾けなかったんですけど、200回くらいからだんだん弾けるようになって・・・。今ではもう50回なんて平気です(笑)」
康介「最初の頃は50回で休憩したくなってたけど、だんだん100回まで平気になった。途中で休憩があるから楽だった」
そして、強弱や細かいニュアンスを要求しても、すぐに指が反応してくれて、いくらでもコントロール出来るようになるまでに、技術が定着していました。
無鉄砲な私の思いつきだったにもかかわらず、信用してくれて試してみてくれて、ありがとう!
康介君の優位感覚は触覚です。
余裕がないと、一度に多くの情報が処理できず、身体に入るまでに時間がかかります。
一緒に練習をしてみて、数十回レベルの回数では、到底水はバケツからあふれないと思ったのです。
それを見事に証明してくれた康介君親子に心から感謝です。
騙されたと思ってやってくれてありがとう!
こ~くんのお陰で、いろんな作戦が生まれるし、素直って才能を引き出すんだなと実感します。
お母さんが正の字を書き続けてくれた努力の証です。