地元のコンクールに初挑戦した若奈ちゃんは、小学校5年生。この教室に通い始めて1年足らずです。

周りのみんながコンクールに挑戦する様子を見て「自分もやってみたい」と思い、挑戦を決心しました。

スタート時点の会話はこんな感じでした。

「コンクールで、どんな風に弾けたら満足かな?」

若奈「最後まで、止まらずに弾きたい」

「なるほど!出来そうかな?」

若奈「たぶん、出来ると思う」

「良かったね~~!目標達成じゃない?」

若奈「でも、入賞したい・・・」

「お~~!欲が出てきたね!今の演奏は、入賞できそうかな?」

若奈「わからないけど、がんばります」

「そうだね。ちなみに、どんな演奏の人が入賞すると思う?」

若奈「・・・・」(首をかしげる)

「聞いたことがないから、わからないよね?じゃあ今度のコンクールに出ることで『入賞レベルを知る』って言うことも、目標の一つに入れておこうね!」

そして本番の前の週に行った「肝試しコンサート(教室内で行う、月に一回の暗譜が条件のイベント)」で、初めて人前で演奏を披露した若奈ちゃん。

レッスンの何倍も緊張して頭が真っ白になり、ただ指が鍵盤の上を動いているだけの演奏になってしまいました。

肝試しコンサート後のレッスンの時の会話。

「この間の肝試しコンサート、どうだった?」

若奈「全然だめだった・・・。下手くそだった」

「あらら、そうか。緊張したの?」

若奈「緊張した…すごく緊張して、何を弾いているかわからなくなった」

「わかるわかる!ステージに上がって、ピアノに向き合ったら、今までに経験したことがないような緊張感があるよね!
いい経験をしたね~~。コンクールはきっと、もっと緊張するよ。もっと大きなホールだしね。ピアノも大きいしね。そう思って毎日、練習するといいよね!」

若奈「はい・・・」

「コンクールの会場って行ったことある?」

若奈「ありません」

「行ってみてもいいかもしれないし、ホームページでも見られるかもしれないよ。少し早めに行って、人が演奏する姿を見ておくのもいいかもしれないね」

若奈母「そうですね。知らないことだらけなので、やってみます」

「ところで、普段の若奈ちゃんの力が100だとすると、この間の肝試しはいくつくらいの力が出せたの?」

若奈「10しか出せなかった・・・」

「なるほど、10分の1か・・・。あと数日しかないけど、コンクールの時にいくつくらいの力を出したい?」

若奈「50は出したい」

「そうだね、だったら今の5倍がんばって、力を500にしてコンクールの日を迎えようよ。出来るかな?」

若奈「500・・・・」

「どうやったら500に近づくと思う?」

若奈「左手だけの暗譜をすることと、メトロノームに合わせて練習すること」

「素晴らしい!ちゃんとやることもわかってるんだね。それだけ出来たら確実に500に近づくね!
先生は10点だった若奈ちゃんの演奏が、20点、30点と少しでも増えたらそれだけで大成功だと思ってるよ。それが先生にとっての50点かな」

若奈「はい。がんばります!」

そして当日の若奈ちゃん。

肝試しの時の演奏が嘘のような、落ち着いて安定した演奏が出来ました。

残念ながら入賞は出来ませんでしたが、目標の50点は十分クリアした演奏でした。

「よく頑張ったね!1週間前とは全然、違ってたよ!」

若奈「でも入賞できなかった・・・」

「どんな人が入賞してたかな?何点くらいの人が入賞したの?」

若奈「みんな80点以上だった・・」

「なるほど!よく聞いてたね~!若奈ちゃんと何が違うの?」

若奈「全然、違った。なんかピアニストみたいだった」

(笑)ピアニスト?へぇ~~、そうなんだ。それって若奈ちゃんもなれそう?」

若奈「・・・」(照れながら笑う)

若奈母「先生、皆さんすごいですね。若奈とは全然、レベルが違いました」

「そう?そうかな……?
初めてコンクールに挑戦した若奈ちゃんには、収穫がたくさんありましたよ。少なくともこの1週間で全然、変わりましたし、私は大満足です」

若奈母「でも、お教室の皆さんはしっかり入賞されていて、素晴らしいです。皆さんの背中が遠すぎて……」

「若奈ちゃんは、まだスタートしたばかりです。何もかも知らないことばかりだから、一つずつ経験を積んで、いろんなことを想定しながら進んでいきましょう。

例えば今年こうやって頑張ったことは、来年必ず生きてきます。
『あ、この会場は知ってる』『ステージの上で弾いたら、このくらい緊張するんだよね』『もっともっと仕上げないと、入賞しない』
…ってことがわかって挑戦するのと、全く何も知らずに挑戦するのでは、全然、違いますから」

若奈母「そうですね。悔しい気持ちがあるみたいなので、また親子で頑張ります」

「はい。今日は美味しいものを食べて、頑張ったことをたくさん誉めてあげて、初挑戦をみんなでお祝いして下さいね!」

若奈母「わかりました」

若奈ちゃんの演奏は、私の想定をはるかに超えて、立派なものでした。1週間前の肝試しでの失敗が大きかったのだと思います。

そして、その時に聞いたほかのお友達の演奏の完成度も、大きな刺激になっていました。

生徒も指導者も「起こりうる現実をあれこれ想定しながら練習を進めていく」…というのは大事だな、と痛感しています。

次は、私自身の想定を変えた「あるある話」です。
仁君は小学2年生。賢い男の子です。

ただ、人のお話をきちんと聞くのがあまり得意ではなく、最初の数秒間の言葉だけで、もう次の行動に移ろうとして、その後の話は全然聞いていません。

なので、レッスンの時は先に前置きをして話します。

「いい?先生、今から3つのお願いをするよ。しっかり覚えてね!」

とか

「先生が今から言うこと、後で仁君にリピートしてもらうから、よく聞いててね!」

などなど。

それでも話している途中にそのことを忘れて、上の空になっていたり、次に弾くであろう場所を探してみたり…。

仁君の目を見ていると、その私の願いは数秒も持たなかったことがわかります…。

そこで私は、仁君は『人の話を聞くのが苦手な男の子』だとあらかじめ想定して、レッスンを進めることにしました。

「人の話はちゃんと聞くものだ」という希望は捨てて、ついつい「どうして聞かないの?」「今、先生が話してるよね?」と注意するところを、「彼は今、人の話が聞けないお年頃だ」と想定して接する…ということです。

相変わらず私の話は聞いていなくても、想定内。

一つでも聞いてくれていたら「あれ?嬉しい!今日は聞いてくれたの?ありがとう~~!!」という言葉が出ます。

見放すとか諦めるのではなく、想定して接することで「どうして〇〇してくれないの?」と思う私のストレスはなくなり、私に突然、誉められることで、仁君には「無意識でやっていること」に「おや?」という気づきが生まれ、少しずつ私の言葉を意識するようになりました。

「この頃、仁君、変わったよね!」と言うと「ちょっと、変えてみた!」と照れながら笑う仁君。

変わったのは仁君ではなく私なんだけど、仁君の脳になにかマーキングでもされたのでしょう。

明らかに耳を傾けてくれるようになりました。

私がちょっと受け止め方を変えることで、小さな変化が喜びに変わります。

レッスン中も、ちょっとした声がけで演奏が劇的に変わることがあり、それは「指導していてこんなに面白いことはない」くらいの感動です。

生徒も、聞いているお母さんも「出来た」「わかった」と喜びを共有して大喜びして、みんなが笑顔になる時間はとても幸せです。

ただ、残念なことに、その魔法は長続きはしないのです。

日が経つにつれて、感動はおろか演奏が色あせて「あんなにうまく弾けてたのにどうして?」って、がっかりすることありませんか?

いろんな要素が融合して、奇跡的に感動的な瞬間が生まれた訳で、それが永遠に続くわけでも、毎回できるわけでもないのです。

でも「一度出来たことがある」という現実が、いつの間にか「出来た」「習得した」「わかった」になり、「これから先もずっと出来る」にすり替わったのかもしれません。

「どういう時にうまくいったのか」「どうすればまたあの奇跡を再現できるのか」をさらに考えて試行錯誤しないと、一発屋で終わってしまうかも…。

しかも「人間は忘れる生き物」です。

こどもは本能的に聞きたくない事は忘れる(聞き流す)と、私は思っています。

仁君もそうでした。

私の注意がマンネリ化していたり、こどもたちが聞きたくないような言い方をすると、本能的にスルーされてしまいます。

子育て中、そんな娘たちの態度に腹が立ち、わざとグサッと胸に刺さるような言葉を吐いたり、トドメを刺したりしていましたが、それは完全に逆効果。大失敗の連続でした。

いろんな事実を想定した上で、ど~~~んとこどもたちを見守りたいものですね。

「こうあってほしい」「出来るはず」という願望は、想定する際には不要です。

あっさりどこかに捨てておきましょう。