ピアノ教室のあるある話
あるある話にもたくさん登場してくれた康介君が、この春アルコバレーノを卒業しました。
幼稚園の時からずっと通ってくれて13年。
今ではみんなの人気者で、発表会の打ち上げの時も、その後も康介君と写真を撮りたい人であふれていました。
あるある話でも「ぼやきの先に咲く花は」「わからんカード」「数打ちゃ当たる大作戦」などで登場し、私にどうしたら康介君が弾けるようになるかの課題を常に与え続けてくれた生徒でした。
康介君の素晴らしいところはたくさんあるのですが、その中でも「頑固」「ポジティブ」「耳がいい」の3つは中高生の難しい時代を乗り切るうえでとてもいい働きをしてくれました。
そして何より彼はいつも「そのまま」なので、無理をすることがなく、見栄を張ることもなく、素直にそのままの自分を受け入れて、出来そうなことを探りながら続けてきました。
康介君とのレッスンでの会話はいつも楽しく、全然練習をしてこない時のレッスンも、何か出来ることを見つけて、「これなら来週は大丈夫です!」と楽観して笑顔で帰る、ということの繰り返し。
全然弾けていなかった最後の発表会の直前でさえ、レッスン見学に来られていた先生に「発表会の時にはもっと弾けているはずなんで、是非聞きに来てください」と驚きの発言をするほど(笑)
他の人が数分で出来ることが何時間もかかるくらい不器用で、要領が悪く、「もっと合理的なやり方があるよ」と勧めても、自分のやり方をかたくなに変えず・・・ある意味「ぶれない」康介君にまつわる話は山ほどあります。
まだ小学校の頃、一つのところがなかなか弾けるようにならなくて、私が「楽譜を見て、音符の動きを覚えたほうが、早く弾けるようになるんじゃないの?」と提案したことがありました。
楽譜を読むことが苦手な康介君は、一つ一つ音符の高さを読むことをかたくなに拒否して「自分のやり方で出来るようにする」と言い、「じゃあ、弾けるようになったら先生を呼んでね」と言って、いったん私も引き下がったのですが、その後何時間しても弾けるようにならず・・・。
どれだけ待っても終わりそうにないので、お母さんはとりあえず家に帰ることになり・・・。
私はずっと彼が出来るようになるまで同じ部屋の中にいたり、部屋の外で待っていたり・・・と気の遠くなるような時間を過ごしました。
康介君が飲まず食わずで頑張っているので、私が休憩するわけにもいかず、何回も部屋に入り「ねぇ、ちょっと先生のやり方で試してみない?」と提案してみるも却下され・・・。
練習を始めてから6時間くらいたって、私の方がしびれを切らし、お母さんに「もう迎えに来てもらえませんか?」と連絡をしました。
結局一日かけても一向に弾けるようにはなりませんでしたが、その時にこの康介君の頑固さは使えるな、と思いました。
彼は自分に失望しながらも、何時間も何時間も頑張り続けたのです。
私は、こんなに何時間弾いてもダメなのか、と康介君が不憫で仕方なかったのですが、お母さんが迎えに来られて、ドア越しに聴いて「先生、うまくなってます。全然お昼の状態とは違います」と言われて、その言葉に救われたものでした(笑)
本当に手がかかる康介君で、すべてがこの調子なので、当然のことながら小学校低学年の頃は、全然結果もついてこない。
受けるつもりで準備していたコンクールに全く間に合わず、無念の棄権をしたり・・・、よく頑張って予選にのぞんでも通過も入賞もできなかったり・・・という時代が長く続きました。
でも、お母さんも康介君も頑張ったことを認め、結果を素直に受け止めて、また次に向かって歩き始めてくれました。
ずっと信じ続けてくれたことが有難く、康介君親子の素晴らしいところだと思っています。
お母さんが最後のレッスンの時にお手紙をくださり、そこにはこう書いてありました。
お手紙の一部です。
「長い間、康介をご指導いただき、ありがとうございました。
期待に胸を膨らませてアルコバレーノに入会したのを覚えています。
重野先生に習うと、みんなショパンが弾けるようになると思っていました。
それが康介はいつになってもショパンを弾かないし、有名な曲もなかなか聞けない・・・。
早い時期にピアノをやめていたら、苦しいだけで終わっていたかもしれません。
それが、中学・高校と続けたことによってショパンが弾けるようになることよりも、もっと大切なことに気づくことが出来ました。
それは康介が魅力的な演奏をしている事でした。
そんな演奏を聞けて、親として本当に幸せでした。
ピアノを弾く上でとても大切なことを教わった気がします。」
13年の間には、もちろんいいこともありました。
ずっと受け続けていた予選を通過したり、いろんなコンクールで入賞したりして、彼の自信にもなったと思います。
そして康介君は、彼のピアノ人生を飾る輝かしい結果も手にしています。
小学校6年生の時の地元のコンクールでまさかの(失礼・・・)金賞、そして高校2年生で最後に参加した大人のためのコンクール全国大会で、金賞を受賞!
どんなに不器用でも、どんなに手の形が悪くても、姿勢が悪くても、要領が悪くても、そしてどんなにちょっとしか練習をしなくても、工夫すれば輝くことができる、ということを証明してくれた康介君。
楽譜が読めなくても、持っている耳の良さと音楽性と思い切りの良さでカバーして、人を感動させることができる、ということを証明してくれた康介君。
上手いか、達者に弾けるのか、と聞かれたら、残念ながら首を縦には出来ないのですが、康介君の演奏には心があり、「あんなに練習嫌いなのにどうして彼はピアノを続けているんだろう」という疑問の答えがあるのです。
自分に嘘をつかず、虚勢を張らず、出来ない事は出来ない、と言えるので、康介君の口から出る言葉をいつも信じられたのも大きかったし、何よりも人に愛されるその性格は、どんなに手を焼いても憎めず、かわいくて仕方がない生徒でした。
最後の発表会のソロの演奏、そしてアンサンブルの演奏は、決してうまくはありませんでしたが、康介君らしく、味があり、感動しました。
程よく間違えるので、何回も涙が出たり入ったりしました(笑)。
そして卒業生としてのスピーチも彼らしいものでした。
「家での練習はうまくいかなかった」
「レッスンに行くのは楽しかった」
「先生はピアノの楽しさを教えてくれた」
「気がついたら13年間も続けていた」
「去年初めて『ピアノをやってよかったな』という曲に出会えた」
などなど・・・
彼の口から出てくる素直な言葉に、みんな大きく笑い、頷いていましたね。
うまくないのにみんなの人気者で、みんなに慕われていた康介君(笑)。
不思議なピアノ男子でしたが、私にとっても幸せな13年間でした。
たくさんの逸話をありがとうね!