発表会の一カ月前は、いつもいろんなドラマが起こります。

3つのお話を紹介します。

「わかってほしい」

華ちゃんは小学校3年生。

お母さんはフルタイムで働いておられて、あまり練習につきあうことが出来ません。

華ちゃんは、この頃、お母さんの言葉に反発するようで、お母さんもお手上げ状態。

レッスンでも同じことを注意されると、帰り道にお母さんにも再度、指摘されるので、レッスン中もそのことを想像するだけでどんどん不機嫌になります(笑)

「あれ、華ちゃん、先週の注意を忘れて練習してたのかな? 残念!」

華母「毎日何度も同じことを言うんですけど、全然言うことを聞かないんです。そのうち私は部屋から追い出されるんです」

「・・・」(うつむく)

「そっか。せっかくお母さんが、華ちゃんの忘れていたことを思い出させてくれたのに、聞かなかったの? もったいないことしたね」

「・・・・」(泣き始める)

「聞きたくなかったの? それとも何もお返事しないけどお母さんの言葉はちゃんと聞いていたの?」

華ちゃんは、泣きながら頷きました。

華母「嘘ばっかり! それなら今日だって直ってるはずでしょう?」

華ちゃんは再び泣き始めました。

「まあまあ。わかっていても出来ない事や、わかっているけど忘れちゃうことってあるよ。お母さんもあるよね?

でも口では反抗していても華ちゃんは聞いていたんだね! 良かったじゃない?」

華母「あんなの聞いてるうちには入りませんよ。だいたい聞く態度ではありません!」

「そっか・・・華ちゃん、お母さんは華ちゃんのことを心配して言ってくれたんだよ。

『このままレッスンに行っていいの? またおんなじこと注意されるんじゃないの?』って思って心配して言ってくれたんじゃないの?」

「・・・」(首を横に振る)

「お母さんは華ちゃんの味方だよ。敵じゃないんだよ。それはわかってるよね?」

「・・・」(固まる)

華母「先生、私、そんな穏やかな言い方じゃなかったかも・・・。私の言い方がきつかったかもしれません」

「あら? そうなの? だから華ちゃんは聞きたくなかったの?」

華ちゃんは泣きながら頷きました。

華母「私一人が焦ってるんですね。間に合わないって思ったら黙っていられなくて・・・」

「わかるよ。焦るし、不安だし・・・なのにこどもは全然変わらなくて、腹が立つんだよね」

華母「そうなんです! なんなんでしょう、どうしてこんな状態で平気なんでしょうか」

「華ちゃん、今のままでいいの? このままで平気だって思ってる?」

「・・・」(首を横に振る)

「どうしたらいいと思う? 華ちゃんには何か作戦がある?」

「・・・・」(固まる)

「華ちゃんに試してみたいことがあったら是非、行動に移してほしいな。失敗してもいいから。

お母さんの言うこと聞いてみようかな、と思ったらお母さんに協力を頼んでみたら? 一人で考えるよりも心強いかもよ」

「・・・」

「先生の経験談を話していい?

あのね、先生も昔、娘たちに腹を立てて噴火してたことがあったのね。

どれだけ訴えても全然娘たちに伝わらなくてほとほと困って、自分の逆上を反省して、謝罪を伝えた後『お母さんにどうしてほしい?』って聞いたら、二人に『黙っててほしい』って言われたんよ。

『え~~~~? 役に立ちたいと思ってたのに、何も言っちゃいけないの?』って言ったら『その代わりずっと黙ってここに座っていて』って言われたの」

華ちゃんは黙っていましたが、ずっと私の顔を見ていました。

「華ちゃんも同じこと思う? 友歌や文歌と同じ?」

華ちゃんは少し笑って、首をかしげました。

「お母さん、これは私にはめちゃめちゃ苦しいリクエストでした。

黙ってずっとこの部屋にいるって、それはそれはものすごいストレスで、口に出して吠えたり、ぶち切れて部屋から飛び出す方がよっぽど楽だと思いましたよ。

『待つ』って覚悟がなかったし、完全に私の我慢が足らなかった、って痛感しました」

華母「・・・・。それは私には無理かもしれません」

「お母さんは華ちゃんにやる気になって欲しいの? お母さんのいら立つ気持ちをわかって欲しいの? どっちかな?」

華母「もちろんやる気になって欲しいです」(そう言いながら顔の表情が変わっていきました)

「そうか、『北風と太陽』覚えてる?」

華母「そうでした。またやってしまいました・・・」

「大丈夫よ、お母さんのイライラは私が一番よくわかるから、それは私にぶつけてね! いつでも聞くからね!」

「足元を知る」

梨乃ちゃんは中学一年生。いわゆる反抗期です。

中学生になったら一人でレッスンに来るので、これまでのようにお母さんの力を借りることも難しく、この10か月、孤軍奮闘していました。

「梨乃ちゃん、発表会まであと何回レッスンがあるか知ってる?」

梨乃ちゃんは首をかしげて黙っていたので、カレンダーを渡したら「あと3回」と答えてくれました。

「そうだよね。発表会の時が100だとしたら、今はどのくらい弾けてる?」

梨乃「・・・30くらい」

「そうか・・・・発表会で100の演奏をしようと思ったら、最後のレッスンではどのくらい弾けてたらいいの?」

梨乃「発表会では緊張するから、200くらい弾けてないと100にはならないから・・・」

「お~~~素晴らしい! ちゃんと覚えてくれてたんだね。最後のレッスンで200ね! 了解。

だったら、いつ100になっていたらいいかな?」

梨乃「もう来週のレッスンで100でないと間に合わない」

「なるほど。今週は忙しいの? 7日で100まで頑張れそうかな?」

梨乃「クラブが休めるかどうか・・・・水曜日と木曜日は習い事もある・・」

「それは忙しいね。どうにかできそう?」

梨乃「もっと早くからやっておけばよかった・・・。間に合わない・・・」

「過ぎてしまった時間は取り戻せないから、これから何が出来るかを考えようね!

梨乃ちゃんに出来ることは何かな?」

梨乃「早く学校から帰って、時間を作って練習することです」

「お~~いいことに気がついたね! そうだね、まずそこからやってみようね!

私に出来ることは何かな?どうしてほしい?」

梨乃「どんな練習をしたら出来るようになりますか?」

「例えばどこのことだろう。どこをどんな風に弾きたいかな?」

梨乃ちゃんはしばらく考えて、楽譜を指さして「ここをもっと速く弾けるようになりたい」と答えてくれました。

「今はどのくらいで弾けるかな? そしてどのくらいの速さまで弾けるようにしたいの?」

梨乃「わからない。メトロノームをかけてなかった」

「だったら早速、調べてみよう」

二人で現状を調べて、理想のテンポを見つけました。

理想のテンポに合わせて弾いてみると全然間に合わなくて「何の指がうまく動いてないの?」と質問しました。

梨乃「4と5の指が転ぶし、弱い」

「そうだね。私もそう思うよ。
4と5はどんな練習があったかな? どの練習が効くと思う?」

二人でどうしたら出来るかを確認し合いました。

同じように別の場所も問題点や練習方法を確認したところで、梨乃ちゃんが

「やることが多すぎてとても間に合わない。この3つが弾けるようになっても100にはならない・・・」

とつぶやきました。

「なるほど、そうか。だったら他に私に出来ることはなんだろうなぁ・・・・。どうしたら来週100になるかな。」

梨乃「・・・」(うつむく)

「この曲長すぎるからねぇ、短くする?そうしたら出来るかもよ!」

梨乃「え?それは嫌です」

「そうか・・・。じゃあこの長さで頑張るんだね?」

梨乃「来週100にならなかったらどうしよう・・・自信がない」

「100じゃなくてもいいんじゃないの?もう少し低くする?」

梨乃「いいんですか?」

「来週100っていうのも、最後のレッスンで200っていうのも、梨乃ちゃんの目標だから、自由に変えていいんじゃないの?」

梨乃「80にします」

「了解! どっちにしても今30だからめっちゃ上手になるね!」

梨乃「はい」

ただただ、気持ちが焦っていた梨乃ちゃん。

現状をまず知ること、今回のゴールを設定すること、そのために出来ることを考えること。

それだけでも得体のしれない不安の沼から、道が見えてくるような気がしますね。

「大好きな曲」

佳恋ちゃんは小学5年生。

どんどん曲が難しくなり、塾も忙しくなり、弾くだけで精一杯の演奏になっていました。

佳恋ちゃんがすごく弾きたいと思って選んだ曲でしたが、まるでそのことを後悔しているような暗い表情になっていました。

目が死んでいる、気力がない・・・

「佳恋ちゃん、元気がないね・・・、どうしたの?」

佳恋「もうすぐ発表会なのに全然、弾けるようにならない・・・」

「そうか・・・。大好きな曲なのにね。どうしたら弾けるようになるかなぁ」

佳恋「やってもやっても、うまくできない・・・」

「そう? それは気持ちがのらないってこと? 指がハマらないってこと? 暗譜が出来ないってこと?」

佳恋「全部、出来てない・・・」

「そうか・・・。その中で一番やりたいことは何?」

佳恋「気持ちを込めて弾きたい」(即答で)

「了解! そんなにはっきり気持ちが決まっているんだったら出来そうな気がするよ!

まずはそこからやろうね!楽譜を立てて落ち着いて弾いてごらん」

佳恋ちゃんは、少し気が楽になったのか、さっきまでとは違う表情で弾き始めました。

「素晴らしいじゃない? どう? さっきよりも百倍気持ちが込められたんじゃないの?」

佳恋「うん。なんか出来た!」

「良かった~~~! だったら次はここの難しいところ、うまく弾けてなくていいから弾きたいテンポで弾いてみてくれる?」

佳恋「え~~? 弾きたいテンポは速いから、多分指が回らない」

「うんうん、いいよ。回らなくてもいいの、こんな速さでこんな気持ちで弾きたいっていうのを私に教えて!」

そして佳恋ちゃんは、難関の場所をすっ飛ばしながら弾いてくれました。

「どう? そんなにおかしくなかったって思わない?」

佳恋「でも、弾けないのがバレてたと思う」

「確かにそうかもしれないね。じゃあ、さっきみたいにそこだけゆっくり弾いたのはバレてなかった?」

佳恋「あれもバレてた」

(笑)佳恋ちゃん、同じバレるならどっちが気持ちがいいの?」

佳恋「速い方・・・」

「だったらそうしない?」

佳恋「いいんですか? それならもうちょっと練習しないと・・・」

「練習は大歓迎だよ(笑)
気持ちよく演奏するための練習の方が楽しいよね」

佳恋「はい」

「それって聞く人も同じなんだよ。

もしも佳恋ちゃんがお友達の発表会に行って、そのお友達がニコニコしながら『私ね、ピアノが大好きなの』って話してピアノを弾いてくれるのと、『毎日毎日忙しくて、全然練習できてないの。聞かれたら恥ずかしいわ』って言われるのとどっちが嬉しい?

どっちの演奏を聞きたいと思う? 」

佳恋「ニコニコ弾いてくれる方が嬉しいです」

「だったら佳恋ちゃんも、そうしない?
『大好きな曲なの。聴いてください』っていう思いが伝わったら大成功じゃない?」

佳恋「うまく弾けなくても?」

「先生は、佳恋ちゃんの思いが伝わることが『うまく弾ける』ってことだと思うけどな」

佳恋「はい!」

華ちゃんママは焦りから来る「どうして」という思いが強すぎて、主役が誰かを忘れていましたし、

梨乃ちゃんも佳恋ちゃんも、「ちゃんと弾けないといけない」という思いが強すぎて、「出来るだけでいいこと」「この曲が弾きたかった」という気持ちをすっかり忘れていました。

わかるよ。
そうなんだよね・・・。

目の前に立ちふさがる壁が重くて厚くて、心が折れそうになるんだよね。

そんな時は、一番、大切なものをまず思い出してね!
あんなに立ちふさがっていた壁の向こうに行く手段が見えてくるかもしれないよ。