恵理ちゃん(小6)は、小学校で最後の発表会が終わり、ホッと一息ついていました。

恵理ちゃんはとても音楽的で、思いを音に乗せて演奏することが出来る女の子です。

譜読みが苦手で必ず出遅れますが、弾けるようになったら素晴らしい演奏を聞かせてくれて、今回も聴く人を魅了する音で会場をいっぱいにしてくれました。

小学校の卒業式を2週間後に控えた、3月初めのレッスンでのこと。
春からどんな計画があるのか、質問してみました。

恵理ちゃんには中学生になったらやりたい部活もあり、これまでよりもレベルが上がるピアノのコンクールを受けるかどうか、悩んでいるようでした。

恵理「たぶん部活も毎日、遅くまであると思うし・・・中学校になったら塾にも行くと思うし・・・今までのようには練習できないから、ソロは受けずに連弾だけやろうかな、って考えてます」

「なるほどね!それもいいね。恵理ちゃん、何部に入りたいの?」

恵理「バレー部」

「わ~~~、私もバレーボール大好きだったんよ~~。いいねぇ!でも、指だけは怪我しないようにしてね!」

まだ中学校生活が始まるまでに1か月あるんだけどな・・・とは思いましたが、恵理ちゃんの言葉から、「しばらくのんびりしたい」「あまりしんどいことはしたくない」という気持ちを感じたので、それはそのままにして、連弾の選曲をしました。

お母さんは、恵理ちゃんに中学生になっても出来るだけ頑張ってほしい、と思っているようで、言葉の端々に「譜読みだけでも・・・」「やっぱりソロも頑張れるだけ頑張った方が・・・」という諦めきれない気持ちがあふれていました。

恵理ちゃんもそのお母さんの気持ちは200%わかっているようでしたが、あえて「無理!」と拒絶しているように見えました。

そんな親子の様子を見ながら、恵理ちゃんには恵理ちゃんの素晴らしいところを改めて話し、その演奏が聴けることをまた楽しみにしていることを話しました。

そして、連弾を弾くにあたって必要なテクニックや曲への理解の必要性も話し、しっかり教本を練習して、知識やテクニックを増やしていこう、と約束しました。

お母さんには、あとでメールするね!と話して、その場を終えました。

お母さんに出したメールです。

お母さんの気持ち、すごくよくわかります。 私も恵理ちゃんには頑張ってほしいな、って思っています。

今日も恵理ちゃんに話しましたが、私は恵理ちゃんの音楽が大好きで、この素晴らしさをみんなに聴いてほしい、さらに磨きをかけて欲しい、って思っています。

コンクールはもちろん、受けたほうが勉強になるし、緊張感やステージ経験が子供たちの成長を加速させることも確かです。

でもその分、プレッシャーもあるよね。

お母さんは 「今年休むと来年の復帰はもっと難しくなるかもしれない、みんなも受けるんだから、一緒に受けたほうがいいんじゃないか」 ・・・って思っているんだよね? 私も確かにそう思うよ。

仲間に助けられて一緒に頑張ることが出来たら素敵だな、って思う。

でも、それって恵理ちゃんは百も承知なんじゃないかな・・・。

あ〜〜差がつくだろうな、本当はやった方がいいんだろうな、って一番思っているのは恵理ちゃんなんじゃないか・・・と思います。

だから、今は正論で諭すのはやめて、お母さんの本当の気持ちだけを恵理ちゃんに正直に話してみませんか?

お母さんは、恵理ちゃんがコンクールで頑張っている姿が見たい・・・って思ってるんだよね?
フラれてもいいから、その気持ちを告白してみませんか?

『ダメもとで話すね。お母さんはコンクールを受けて欲しいな、って思ってるの』
『お母さんは恵理ちゃんのピアノを聞くのが、大好きなの』
『恵理ちゃんがこの曲弾いているのを聞きたいなぁ』

正直に告白しても、恵理ちゃんの今の気持ちは変わらないかもしれない。
でも、フラれることを恐れていたら、お母さんの本当の気持ちはいつまでも伝わらないの。

今はたとえフラれても、その気持ちは恵理ちゃんの心に残るはず。
もしかしたら来年叶うかもしれないよ。

思い切って思いを伝えてみたらどうかな?

お母さんから

私の言い方では多分フラれると思いますが、やってみようかと思います。

ここのところ、何とか今年も頑張ってほしくて、お友達のことを引き合いに出したり、正論で話してしまって、まるでお説教しているようになってしまい、恵理のご機嫌を完全に損ねてしまっていましたから・・・まともに聞いてくれるかどうかわかりませんけど。

というお返事がきました。

娘にフラれるのは別にいいよね(笑)
フラれてもフラれても『好き~~~』って言い続けようよ

とメールを返しました。

私も子育てをしている時に、思うようにならないことが多くあったように感じていました。

でも、よく考えてみたら娘たちは私が何を希望しているのかをよく感じていて、いつも私が喜ぶことをやってくれていました。
それでもちょっとお休みしたい時、ちょっと疲れた時もあったんだろうな、と思います。

そんな時は

「受けたほうがいいと思う?」「やっぱり頑張った方がいいよね・・・」

と本音を漏らしていたので

「どっちでもいいよ。 そのコンクールを受けてワクワクする気持ちがあるなら挑戦したらいいと思うし、誰が全国大会に進んでもぜんぜん構わないし悔しくない、とにかく今年は休みたい・・・と思ったら、休んでもいいんじゃないの?」 と話しました。

娘たちはその都度、色々と考えて、結果は気にせず「出来るだけ」を頑張ることで継続が出来たんだと思います。

基本的に私は引き止めも説得もしません。

生徒たちにも 「先生は、もしも『頑張ろうかな』って思っているなら、それだけでめちゃめちゃ嬉しいし、いくらでも一緒に頑張るよ。 でも、今はちょっと休みたいって思ってるなら、それもいいかな・・・って思ってるの」 と自分の気持ちを正直に話し、生徒の決めた結論に従います。

来るもの拒まず、去るもの追わず・・・といつも心に決めています。

それは「コンクールはちょっとお休みしたい」って言う人に対して気持ちが冷める、ちょっと距離を置く・・・というのではなく、本気で「そんな時もあるよね」と思うからです。

一度、冷却期間を置くことで見えてくるものもあると思うし、自分の中にある才能を再確認する、いい機会にもなる・・・と思っているからです。

結局、恵理ちゃんは、その年のコンクールにはソロはやめて連弾だけ挑戦して、お母さんはフラれたわけですが。 連弾で自分が納得するような結果が得られなかったことで、色々考えるところがあったのでしょう。

「秋はコンクールに挑戦したい」と言い、私たちはびっくりしました。

半年間、自分の思い通りにしてみて恵理ちゃんが感じたことを聞いてみました。

「この半年、コンクールでソロを受けなかったことで良かったことは何だった?」

恵理「ん~~~。良かったっていうことはあんまりなかった・・・」

「そう? でも精神的に楽だったんじゃないの?」
恵理「最初はそう思ってたけど、みんなが頑張っているのを見て、途中から『私もやってたら出来たかも…』って思ったこともあった」

「そうか・・・。少し気持ちが楽になって、のんびりできて良かったのかな、って思ってたけど」

恵理「最初はそうだったけど、頑張っているみんなの中に入れないことで、みんなとはもう違うって思って寂しかった」

「え~~そうなんだ。それってずっとやり続けていたら絶対に気がつかなかったことかもしれないね。一度外側に出ないとわからないことかも。それはいい経験をしたね~~」

恵理「みんなすごくうまくなってたし・・・やっぱりみんなと一緒にホール練習とかしたかった」

「そうか。確かにみんな集まってよく練習してたね。やっぱり目の前にコンクールがあるとみんな必死になるよね。 そうなんだ、結局受けても受けなくてもどっちも何か辛いことがあるんだね」
恵理「はい。だから今度のコンクールは受けてみたい。でも出来るかな・・・」

「出来るだけでいいんじゃないの? コンクールの結果ではなく、先生は恵理ちゃんが『またやってみようかな』って思ってくれたことが嬉しいよ。ね、お母さん!」

恵理母「本当に嬉しいです。 初めの頃は、毎日のように『本当にいいの?』って言いたい気持ちがあって、辛かったんですけど、先生に『恋愛と一緒よ、告白は一回だけ』って言われていたので、一回だけ思いを告げて、あとはしつこくつきまとわないようにしていました(笑) 今となっては、半年は長かったような、でも短かったような気持ちです」

「そんなこと言ったっけ?」(まるで恋愛の達人のような自分の発言にびっくり)

恵理ちゃんの思いを尊重して、ずっと待っていてくれたお母さんに感謝です。

恵理ちゃんとお母さんの両想いの時期が、長く続きますように。